でも、それが目的みたいなところもあって、なんでもはっきり伝わったら面白くない。
稜線は段々に霞んでいく。
光と溶け合って、やがて線はわずかな光の粒になって……
「マイ ファースト こけし」
最近こけしがブーム?最近どころか何十年も前からブーム?ブームなんて簡単じゃない?タイトルではなくて記事中の一見出しにすぎない「マイ ファースト こけし」がパンク過ぎて、これを小学生が書いているっていうのがすごいことでどんな大人の入れ知恵だったのか?なんて勘ぐりたくなってしまう。
「ビル男」
3、4ページ目で手が止まる。止まるっていうか、止められる。だってテープで止めてあって、ここから先は買ってねって。どっかの遊べる本屋もやってたけどこれってすごいアイデアだよね。絶対買うもん。ちなみに作者誰とか見ないで買ってきちゃったから何にもわかんないけど、すごくいかしてる。買ったお店もわかんないや。
「岩波ブックレット No.823」
最近はやっぱり原発とかそういうこと関連のものがあるみたい。学校を卒業した今、社会や会社、町、地域、生活、日常、そういうところから学ぶしかなくて、その中でいい師を見つけるなんて、それはそれは難しいことで、そんな中、本を読むことは、よき師のもとで研鑽を積むことに似ているような気がして、こういうブックレットから何かを、それも自分で学び取らなきゃいけないのはとても大変だけど、何か、意義のあることのようにも思える。けど、果たして実のところは?
「車内放送」
かえるの人が書いていて、もしかして大学の教授でもあるの?読めば読む程、気にすればするほど、そのものよりも著者やその背景や、読んでいて浮かべることのできる車内の景色、記憶の疑似体験に意識が流れて行って、何を読もうとしているのかちょっとよくわからなくなる。7つあって、7つ通して読むのがお楽しみ。
「きまぐれ☆発行 たぶんvol.3」
抜粋につぐ抜粋にどこまでが現実か非現実か、なかの人がいたり、そとの人はどうなのか、わからないことだらけでわからないからこそ面白がって、見ちゃう。
「curry note」
それも2012年版。過去2年分がぜひともほしい。ここまでカレーに傾いている人も珍しい気がする。個人的に知ってるおいしいカレー屋さんは、だけどいつも込んでいるくらいだからなるべく人には言わないでおこう。なんて心が狭いんだ。でもそういうものの一つや二つあってもいいじゃないと思わなくもないからいい。
「子ども文庫の会」
の発行してる本。文庫で薄い本ってすごく好きだ。一日もかからなくて、たった一、二時間で読み切れちゃいそうな気がするから。でも本当はとっても深くて広くて、そんなわずかばかりの時間なんかでは決して廻りきることができないことは知ってる。だから、本当のところ、まだ手すらつけられていないのが実情。
「のことも? きのとも?」
あそこにあった続編が一冊だけだったけど、持って帰ってきちゃえばよかったかもって何度も思う。めったに出会うことができないからこそ、ZINEは出会ったそのときにさっと上着の内ポケットに素早くしまわないといけない。こんなつながりがあることも驚き。
http://d.hatena.ne.jp/miasiro/20110127/p1
すごい!
「港のひと」
さすが鎌倉は違うなあと関心してしまう。意見がひとのかずだけあるように、「港の人」にも意見があって、考えがあって、やっていることがある。かっこいい。なるほどなあ。FUINE magazineの13号を地震直前に作って帯つけて楽しいことやってたけど、なるほどなあ。帯にも意見、意味、意義、理由、いろいろあるよなあ。
「MOONLIGHT」
手前味噌ですごく恐縮だけど、最近になってふぃねに参加してくれたMikiさんの作っているフリー紙がすごく面白い。感性って、自分のそれを信じてやるしかない部分だけど、ふと、ひとの感性を見ると、やっぱり面白くて、それをもらっちゃいたくなる。でももらうわけにはいかないから、それはそれとして、自分でやるしかないんだけど、つまり何が言いたいかと言うと、彼女の感性はここのところ出会ったひとのなかでも突出して面白くて、それをもらっちゃうわけにはいかないからせめてふぃねがそれを包み込んでしまおうと。つまり、この傑出した感性を得ることができたふぃねは本当にラッキーなのだ。
「かすりにウクレレ」
そのMikiさんのフォトブックまで作ってしまった親ばかみたいなふぃねだけど(ふぃねのひとも出ちゃってます)、感性はそとに向けて放ってやらなければ、ただ腐って終わっていくだけ。まるで果物のようで、時期を逃せばおいしくなくなっちゃう。そのかわりに時期をちゃんと見てやれば、とても瑞々しいおいしいものを実らせてくれる。そして種は次の実にちゃんと繋がっていく。だからふぃねは多少親ばかになろうとも、きちんと時期を見ておいしい果実を実らせてあげたいと思う。
「雲の上」
北九州なんて実際のところ、今すぐに行くことはまずないけど、行った気になってるのが一番もったいないとかなんとか言うけど、簡単には行けないんだから、本で読んで行った気になるくらいは個人の勝ってだろう。
「beppu」
いつか行くかもしれない。その時に絶対これを持って行こう。そう思う。北九州も別府も長野もどこもかしこもとにかく片手にはこれを持って行こう。いつか行くかもしれない旅のための備え。今はただただ布団の上でごろごろしながら、ああでもなこうでもないって思いを巡らせてみよう。
「富岡日記」
「メキシコからの手紙」
「メキシコの輝き」
「みんな十九歳だった」
「動物と話す本」
「二十歳の原点」
「二十歳の原点ノート」
「ブロディーの報告書」
「ゴリラの季節」
ボルヘスの、ブロディー以外は古書店で購入。全て未読。いつ読もうか、どんなシチュエーションで読んでいるだろうか、どれくらいで読み終わるだろうか、どんな読後感だろうか、実際内容はどうだろうか、もうあれやこれや思いだけがとにかく巡ってしまう。なんで本はこんなにも素晴らしいんだろう。まだ読んでさえいないのに。手に取っただけで、見つけただけで、手に入れただけで、こんなにも気持ちを抑えられなくさせる、本。グレート(great)ワークレス(workless)(GW)にはどれを読もうか。
外国に、遠い景色に憧れていた時期があった。
東京に生まれて、東京に暮らすことに"引け目"みたいなものを感じていた時期もあった。
郊外、或いは地方都市を考えていた時期もあった。
でも、東京に暮らし続けて思う。
ここなのかもしれない。
ここでやれることを。
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